☆サムネ画像_話

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872: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 22:31:22.03 ID:tTLCBwBL
流れ読まず豚切り
かつて太平洋戦争に従軍した祖父が終戦気にかけた修羅場。

874: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 22:49:57.08 ID:tTLCBwBL
祖父は太平洋戦争が始まる前に海軍に入隊し戦争が始まったためそのまま海軍の兵隊として戦うことになった。
そのため数多くの修羅場をくぐり抜けてきた人だったんだが戦後そういった類の話はほとんどしなかった。
ほとんどというのはたまに戦争中の話をしてもパイナップルを盗みに行ったとか、上官を飛行機の後ろに乗せたままひたすら宙返りばっかやったから殴られたとかそういうアホなことしか言わなかった。
なので私は真面目に戦争やれよじーちゃんとか常々思ってた。

で、ここからが本題。
開戦当初から祖父はある艦隊司令長官の付き人としてボディーガードの真似事をやっていた。(祖父は士官ではない) 

875: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 23:15:47.51 ID:tTLCBwBL
史実の通り日本軍は当初こそ連戦連勝で破竹の勢いで進撃するんだけどミッドウェー海戦を境にどんどん追い込まれていった。

そして昭和19年。
日本海軍連合艦隊は米軍に一泡吹かせるべく総力を結集した最後の反撃作戦を決行することとなる。
この作戦では祖父が付いてる司令長官が第一機動艦隊?だったかを率いてフィリピン北海に米軍をおびき寄せその隙に愛宕率いる大和、武蔵、長門の戦艦部隊がマッカーサーを仕留めるという陽動作戦だった。
で作戦通り間抜けな米軍を引き付ける事には成功したんだけど祖父達の艦隊は何度も何度も激しい空襲に襲われることになった。 

878: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 23:34:32.05 ID:tTLCBwBL
そんな中祖父は司令長官付きとして伝令をしたり対空戦闘の指揮を執ったりで空母の中を走り回ってた。
そして幾度目かの空襲がそろそろ終わりかけた時に祖父は部下に呼び止められた。
部下「長官殿。(祖父のあだ名でいつも司令長官と一緒にいたこう呼ばれたらしい。何度も言うが祖父は大して偉くない。)」
祖父「何だ。」
部下「あの部屋(士官室?)に隠してある栗羊羹を一本持ってってもよろしいでしょうか。」
部下が言う栗羊羹とは祖父の上官に当たる士官が所持しいるものだった。
意外かもしれないが戦争末期でも軍艦乗りの食事はかなり豪勢で、アイスクリームとかが出てたらしい。
でその部下はどーいう訳か祖父のものでもないのに栗羊羹をねだってきた。 

881: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 23:48:59.60 ID:tTLCBwBL
祖父は悩んだ。
そりゃそうだ栗羊羹は祖父の物ではないのだから祖父に許可を取るのは筋違いだ。
しかし度重なる空襲で祖父の乗る空母は満身創痍。
いつ沈没してもおかしくない状況だった。
このまま戦闘が続けば栗羊羹も海の藻屑となるのは明白だった。
軍艦乗りの食事が豪勢とは言え栗羊羹なんてものはそうそう食える代物ではないこのまま海の藻屑と消えるなら・・・と部下は思っていたのだろう。

悩んだ末祖父はこう言った。
祖父「よし。○○(部下の名前)栗羊羹をとってこい。」
部下「ハッ了解しました長官殿。」
部下は祖父に返礼すると目的の部屋に駆けていこうとした。
祖父も自分の持ち場に戻ろうとクルリと背を向けた瞬間ドーンという大きな音共に祖父は吹っ飛ばされた。

883: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:01:14.31 ID:sacP/w8Y
吹っ飛ばされた祖父は床にしたたか打ち付けられたものの、すぐ立ち上がり辺りを見回し愕然とした。
恐らく爆弾が命中したのだろうが祖父が立っていた場所から幾分下がった一帯が吹き飛んでいたのだ。
言うまでもなくそこには栗羊羹を取りに行こうとした部下がいる場所だった。
その後祖父が乗っていた空母は撃沈され、祖父は戦友と共に身一つで海に飛び込み人喰い鮫が泳ぐフィリピンの海を味方に救助されるまで戦友と共に泳いだそうです。

886: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:31:05.92 ID:sacP/w8Y
その後の祖父の人生で祖父は栗羊羹の部下と会うことは二度となかったそうです。
この話は酒に酔っていた?祖父が誰かと勘違いして?幼かった私にしてくれた話です。
何故祖父が幼かった私にこの話を話したのかは解りません。
また私の記憶だと夜遅くに祖父と二人っきりで食卓で話してた記憶があるのですが今思うとこれも奇妙だと思います。(両親は夜更かしを許さなかったし私は当時いつも姉と一緒に行動していたので)
そして祖父はこの話を終えると「俺がな、俺があの時あんなこと言わねぇで、ふざけんなあの栗羊羹は俺の物だ。絶対てめぇなんかにゃ渡すもんか。って言って首根っこ掴んでたらあいつは死ぬことは無かったんだ。」と繰り返し呟いていたことだけははっきりと覚えています。

実際あの爆撃で栗羊羹の部下が死んだかどうかは私には解りません。
vipでやれとか言われましたが開戦当初から前線で戦っていて多くの戦友や部下を失ってきたはずなのに、いつもパイナップル盗んだとか上官に殴られたとかアホ話しか話さなかった祖父が唯一気にかけた修羅場だと思ったのでこちらに書かせて頂きました。

久々に祖父を思い出したのでカキコでは消えます。

887: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:40:15.36 ID:3u59n0+G
>>886

爺ちゃん(´;ω;`)

879: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/15(日) 23:42:52.00 ID:41IEhssv
そういえばうちのじいちゃんも、広島の軍隊で豪勢な食事をしてたけど、新型爆弾が落ちたから
穴掘って死体を埋めに行く仕事やってたら戦争が終わったと言ってたな

888: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:41:01.68 ID:MLsyWnDj
栗羊羹なんて当時とっても貴重になってた菓子、それも上官用を部下がねだりに来たの?
それを祖父が権限もないのに許して、結果部下が身代わりに助かったのが不思議と言うこと?
なんか変だよ

889: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:44:37.76 ID:dizl4rv3
>>888

部下は助かってない

890: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:47:45.35 ID:MLsyWnDj
>>889

結果、部下が身代わりになって、祖父が助かった、と
ですね

893: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 01:03:52.76 ID:H9mW4SnN
>>888

もう終戦間近で誰もが「自分は明日生きてないかもしれない」とひしひしと実感しながら1日1日を過ごしていた時代だよ
どんなに生きたくても生きることが許されなかった狂気の時代
実際直後に爆撃されたしね

昔からJ隊、オカルト、いろいろな関連板、スレで真偽とりまぜて戦争中の極限状態の、さまざまな話があるけど自分はこういうの読むのけっこう好きだな
今回の話は、「坂の上の雲」の秋山真之がその後死ぬまでずっとトラウマ抱えることになる、はじめての爆撃時みたいな話だね

894: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 01:11:02.47 ID:MLsyWnDj
>>893

極限状態におかれていたのは知ってる
船沈められて生き残った人から直接話聞いたりしたこともある
ただ自分は途中長々戦況書き込んだりしてて
この話はなんだか創作臭いと感じたんだよ
vip向きだったんじゃないのかな

896: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 03:19:46.39 ID:xc/NW6uc
>>894

例えこの話が創作だとしても、同じようなことは実際にあったろうね

891: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:52:47.43 ID:3u59n0+G
間違いなく爺ちゃんに撮っては修羅場
栗羊羹がトラウマになるレベルで。

892: おさかなくわえた名無しさん 2013/09/16(月) 00:55:56.63 ID:uwP+L8+M
>>891

すると成田山への参拝は不可能だな
参道栗羊羹屋だらけだし



コメント

 コメント一覧 (2)

    • 1. 名無しの鬼女さん
    • 2019年01月14日 19:46
    • 栗羊羹・・・船が沈んだらそれで命をつなぐつもりだったのかも
      海水に濡れても食えるからな
    • 2. 名無しの鬼女さん
    • 2019年01月14日 23:21
    • 戦争言った人は語りたがるっていうよね、内地にいて空襲受けた人は逆に言いたがらない
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